海外派遣事業 研修生レポート

オランダ

酪農 男性

<オランダのトマト温室栽培農家に滞在して>

1.


きっかけは大学に掲示された研修生募集の張り紙である。大学で農業政策や歴史について学んでいた私は、小国でありながら強力な農業を持つオランダに漠然とした興味を抱いていた。また卒業後新規就農を目指すという道も考えていたため、オランダで世界最先端の温室農業を学んでおくことは将来きっと役に立つだろうという観測もあった。

001.jpg通常であれば農業生産額は土地の面積に大きく影響される。ところがオランダは九州ほどの面積でありながら農業輸出額でアメリカに次いで世界第二位である。フランスやブラジル、オーストラリアといったような農業国を凌いでいるのである。

日本の国土面積は比較的広いが、耕地面積は諸外国に比してそれほど多いわけではない。そして日本の農業は土地や労賃といった経費の高さから安価な外国産農産物に押され、さらにWTO交渉で市場開放圧力を受けて苦境に立たされている。日本と同じように耕地面積が少なく物価の高い国でかつEU内外で激しい競争にさらされながらもなお強力な農業を維持しているオランダに日本の農業の活路を見出せるのではないかと考えた。

2. オランダの温室農業
オランダの温室農業は環境に配慮した農業として世界的に有名である。オランダで温室栽培・養液栽培であることを理由にスペイン産の露地栽培トマトを選ぶ人がいると農場主夫妻は消費者の無理解を嘆いていた。温室での養液栽培は確かに100%化学肥料栽培であり、「人工的」だという負のイメージが付きまとう。しかしガラスで上部を覆い地面にはマルチをかけることで外界から受ける影響を最小に抑えて、内部環境を理想的な状態にコントロールすることで病気の発生を抑え害虫の侵入を防ぐシステムは実に合理的である。結果的に露地栽培に比べ農薬を削減できる。また高緯度で夏場の日照時間が長く、夏場でも冷涼で乾燥した気候は温室農業に理想的な気候条件である。

温室水耕栽培では気温や湿度、二酸化炭素濃度、潅水量、養液の濃度、日照など人が操作できる要素が非常に多い。限りなく工業的に進化した農業だといえるかもしれない。 また見逃せない利点として連作障害がないことと植物の密度をかなり上げられることがある。毎年同じ作物を同じリズムで栽培できるのでより安定して生産できる。また栽培技術の向上にも好条件なのではないかと感じた。そして非常に高密度で植物を植え高濃度の養液で栽培するので単位面積当たりの収穫量が非常に多い。

3.

研修の概要
 研修期間は2005年3月から2006年3月までである。収穫期間中は、出荷用の箱を組み立てる機械の操作を中心に、調製出荷作業を担当していた。その他の期間は温室の改装や修繕などの作業を主に担当していた。

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 生活に関しては、農場主所有の宿泊施設にポーランド人従業員と共に住んでいた。夕食は農場主家族と共にした。農場主夫妻には0歳・3歳・6歳の娘さんがいたので夕食の時間は賑やかで、またオランダ流の子育てを見られる興味深い時間であった。
 休日は話し合いによって、毎週土曜日と日曜日に加えて、収穫期間中は水曜の午後も休みにしてもらっていた。水曜の午後の休みは研修生として、農場の中を自由に見て回る時間である。週末には持参していた自転車でオランダやベルギーをサイクリングしたり、ブラジルやロシアや日本など各国から来た仲間の研修生と、お互いの農場を訪ねたり、観光に出掛けたりしていた。

4.

 農場主は現在35歳。中学校を卒業後15歳からウエストランド州にあった父の農場で働き始めた。10年前に25歳でその農場(2ヘクタール)を父から買い取って独立。4年前に6ヘクタールの温室を現在の場所に建てた。昨年2005年には隣接する土地を買い、12ヘクタールに温室を拡張した。

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 特筆すべきは昨年新設されたボイラー室で加温用の温水を作るとともに発電もする。いわゆるcogeneration sysytem(熱併給発電)である。ボイラーの発電能力は3500kwが一基、2500kwが2基である。これらによって1万6千軒分の電気がまかなえる。排気ガスは有害成分を取り除いてから二酸化炭素肥料として温室に還元される。

5. 昆虫の利用について
まず昆虫の利用について。温室で使われる昆虫は2種類に大別できる。一つ目は花を受粉させるための昆虫でマルハナバチが広く利用されている。二つ目は害虫を駆除するための天敵昆虫である。
どちらもバイオベスト社の製品が使われていた。毎週水曜日に同社のアドバイザーが農場を訪れてくる。彼女は担当者とともに植物を調べてまわり適切なマルハナバチの量や天敵昆虫あるいは農薬の使用などについて助言を与える。
天敵昆虫による防除はゆっくりとその効果が現れるので緊急の場合には農薬を用いる。ただしその場合でも可能な限り有機認証されている生物系の農薬を使用するようにしている。

6.

結び

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オランダの施設園芸に対して、その設備の高度さや見た目の整然とした様子を見て工場の様だとよく言われる。まず労働者の管理に関してはまさしく製造業の工場のようであった。しかし、トマトの植物の管理に関してはいくら設備が高度になっても、養液栽培であっても基本的に農業であると痛感した。まず、トマトの生長は気象によって非常に影響される。たとえば気温は管理できても日照はいかんともしがたい。人工照明で冬の期間トマトを栽培しても成長は遅いし味が乗らない。日が長くなり暑くなれば一気に生長してたくさん熟れる。またあまり暑すぎたり生長の速度を速めすぎると疲れが出て、病虫害が発生したり軟弱果が多発したりした。植物の様子を日々観察して溶液の肥料濃度を調節したり、専門家に病害虫の管理のアドバイスをもらったり、温室の環境をチェックしたり、管理者は気が休まることがなさそうだった。そうしたいろいろな作業はまさに農業なのである。ただ自然任せの部分をなるべく減らして工業的にすべてを管理しようとする点に特徴がある。

一年の研修を終えて水耕栽培で自然じゃないから美味しくないとか安全ではないとかという考えに対しては、むしろ温室で水耕栽培するほうが有利な場面も多いと感じるに至った。不安定な要因を排除して理想的な環境を整えて、できるだけ安定した高レベルの生産を実現する農業。大きな方向性としてはすばらしいと思う。ただ、そうやって人ができる限りの要素を管理しようとすることで、人にとってはとても負担の大きい農業だとも思った。

経営者がどう考えようと経営の効率化は至上命題である。他国産地との激しい国際競争に加え、近年は巨大なスーパーチェーンの力で市場価格が不当に安い状態が続いているといわれかつてないほど厳しい状況にある。それでも急速な弱い経営の淘汰と規模拡大を伴って、オランダの施設園芸はまだまだ強い。

オランダの温室農業が強い競争力を持つ背景には、高度な生産設備や技術があるだけでなく分業化が進んでいることも挙げられる。新しい温室の建設にはコンサルタント、銀行、栽培装置などそれぞれの専門分野に特化した企業が連帯して建設にあたっている。コストの削減に関してはたとえば、作物が違っても設備はほとんど共通である。毎年の作業に関しても、温室の窓を洗う専門の業者、古い植物など廃棄物の処理業者、アドバイザーといった具合に実にさまざまな業種がある。これらの業者が自分たちの専門の作業を受託して比較的狭い範囲に集められた温室地帯を回るのである。

他の国がオランダの栽培システムだけを真似してもなかなかうまく行かない理由にこうした社会的背景があるはずだ。そうすることで一つ一つの作業の効率を高め、物価水準の高い国でありながら高い国際競争力を備えている。

007.jpg 数週間から3ヶ月ほどで入れ替わるポーランド人労働者とは、年が近く生活をともにしていたこともあり、一番思い出深い人たちである。休みもとらず、日々の重労働に負けないポーランド人従業員は、農場の運営に不可欠の存在である。それまでは外国人出稼ぎ労働者といえば、安価な労働力という思い込みがあった。しかしながらオランダでは、国籍による賃金の差からではなく、働きぶりを評価して外国人従業員を入れているということを知った。

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この農業研修のプログラムにはいろんな国の人が参加している。温室の花や野菜、酪農、畑作、有機といった具合に業種はさまざま。来る時期も帰る時期も期間も人それぞれで、研修先もオランダ中に散らばっていて普段はなかなか他の研修生と知り合う機会がない。

そんな中で夏に4泊のミーティングがあって、そこでいろんな人たちと知り合った。 その中でもブラジルから来ている研修生たちとは特に仲良くなって休日には一緒にいろんなところへ出かけている。

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研修生の家でブラジル料理パーティーに参加。怪しい色のシチューは豚の耳と足とインゲンの煮込み。日本人が絶対に思いつけない組み合わせはさすが肉食の国だなと感心。魔女の鍋みたいだけれど味はとってもgood。そのほかにも牛の首の肉のローストとかめちゃくちゃにおいしい料理をご馳走してもらった。

ブラジルにはたくさんの日系移民の人たちが暮らしている。日系ブラジル人の社会的信頼はとても高い。研修生たちが尊敬をこめて「耕作には絶望的だった土地を日本人が開墾してブラジルで一番生産性の高い農地にしてしまったんだ」などと教えてくれる。恥ずかしいことに俺はそういう日本人の人たちがいたことすらほとんど知らなかった。
外国に来て初めて知る過去の日本人が残してくれた偉大な仕事。こんなに世界中で好感度の高い国はそうはない。そういう部分をもっと学校で教えれば良いのになと思う。

中間ミーティングは本当に良い思い出だった。田舎町に集まってホームステイをしながらいろいろ楽しむ。そのあと仲良くなった研修生たちと週末に出かける。自分は研修生の少ないエリアにいたのでこうやってたくさんの人と出会える機会があったのは本当にありがたかった。

仕事の最終日は午後からトマトの集荷場やその他の農場、選果場を見に連れていってもらい、レストランで美味しい食事をごちそうになった。

7.

終わりに
まず施設園芸に対して十分な経験もなく、フルタイムの労働者というのも初めてだったし、人間としても未熟であった。本当に新しいことばかりの大変な一年であった。1年間私を受け入れてくださった農場主一家には本当に感謝である。ありがとうございました。

身近には各国から集まった研修生たち。仕事の後に語らったり、週末に出かけたりしたことが大きな刺激になって元気をたくさんもらった。よい出会いに恵まれたと思う。彼らとはまた再会したいものである。

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最後に大学に長居した挙句の今回の研修を認めてくれ、経済的にも精神的にも支えてくれた両親には本当に頭が上がらない。今回の研修をこれからの人生にしっかり生かしてゆくことで何とか親孝行しないといけないと思っている。ありがとうございました。