<ニュージーランド農業研修報告書>
06.04.15 酪農 男性1.派遣期間
2006年1月5日~3月15日2.配属農場について
2ヶ月という限られた期間で可能な限りの経験をしたかったのでひとつの農家で3週間ずつ位の滞在でした。また、大規模な会社経営の農業も見たかったので帰国前に「ウィルコックス」という大きな会社を見学させていただきました。3.研修の具体的内容
(1) 1月6日~27日
場所:タウランガ内容:トマト水耕栽培、自給用野菜、豚(約10頭)、果樹など。
規模: 約500(m2)のグラスハウスがメイン。
土地は7(ha)だが、芝生、林、防風林が占める面積は大きい。
家族構成:
グレアム…60歳くらい 元警察官 長身 柔道のコーチ
アン…60歳くらい 近くのナーセリーの従業員(ボス)
3人の息子娘は家を出てオークランドなどで働いている。


僕のした仕事は主に週2回のトマトの収穫だった。僕とグレアム2人で収穫しその日のうちに出荷できるだけの量を生産しているようだった。収穫自体はたいてい5時間くらいで終わった。収穫したトマトはグレアムが大きさと質ごとに手で選別していた。トマトのヘタは輸送中に他のトマトを傷つけてしまうため収穫の時点で落としていた。他に毎日した仕事は豚の餌やり。大量のパンと牛乳・チーズ・ジャムなどをまぜ水で薄めてやっていた。
とにかく短い期間だったのにグレアムは僕にたくさんの種類の仕事を与えてくれた。草取り、野菜苗の鉢上げ、農薬散布補助、プラムの収穫、芝刈り、機械の修理、割れたグラスハウスの修理、洗車、水耕栽培の水路の掃除、豚の出荷、肥料配合、薪割りなど普通の農作業だけではなくグレアムさんの生活そのものを体験させてもらったと思う。
最初の休日にアンが、車で40分くらいのところにある観光の街ロトルアに連れていってくれた。マオリ族のコンサートには感動した。その後あちこちをまわって近くの湖の湖畔で昼ごはん。アンが作ってくれたサンドイッチだった。その湖には自家用ボートとキャンピングカーなどで休日を過ごす人達であふれていた。アンが「働くときはしっかり働いて週末は豊かな自然に囲まれてゆっくり過ごす、これがニュージーランド人の生き方だよ」って教えてくれた。とても印象的な言葉だった。この農家ではいわゆる「農業」についてはあまり勉強にはならなかったが、それ以上に「どのような生活をおくるか」ということについて深く考えさせられた。二人とも本当に自然の環境が好きで、多少お金には苦労しても日々の生活を満喫したいという考えで、そのような生き方があるということを知ることができたことは僕にとっては予想外の収穫だった。
ニュージーランドに農業の勉強をしに来たのにと思われるかもしれませんが、このようないい経験が日本でできるかといったらどうでしょう?
(2) 1月27日~2月15日
場所:ワークワース内容:パーマカルチャー(有機農家)



話を聞いていくうちに「パーマカルチャー(permaculture)」というキーワードに出会う。植える作物の組み合わせや配置を設計し、自然の持つ本来の力を最大限に引き出すという、究極の循環型農法である。この農家ではそれを実践していた。ただ、この農法では採算の取れる農業経営はできないのが現状。オーガニックの鶏とにんにく以外は自家用の野菜で、外には販売していないようだ。仕事の内容としては基本的にはチキンやダックの餌・水の管理、野菜への水やり、希少価値の樹木・果樹の管理(マルチ)、そして犬の散歩であった。仕事自体は大した仕事ではなかった。でも、この農家の中で循環が行われていると考えると、それらひとつひとつの作業にとても大きな意味があると感じる。植物の本来の生き方を引き出してやる、それがわれわれの仕事であったと思う。このスタイルの農業に関しては直接まねすることはできないと思うが、農薬と化学肥料によって収量を上げる現代の農業者には是非一度見て欲しいと思うことをやっている。
ご飯は、朝はパン、昼は自分たちで自炊、夜はオードリーかドロシーがご馳走を作ってくれた。働く時間は午前5時間と午後30分のみ、他の時間はまったくのフリータイムで、たいていの場合はいろいろな国からやってくる若者達とそれぞれの国のことを聞きあっていた。近くのビーチに行ったり、アイスクリームを食べるために隣の町までヒッチハイクしたり、常に楽しく刺激的な時間だった。この農家に関しては、農業の研修というよりも世界中の若者たちと出会い交流することのできる場として一度滞在することを強く勧めます。ちなみに私は3週間程度の滞在で10カ国くらいの人達と友達になりました。
(3) 2月15日~3月7日
場所:ケリケリ内容:野菜(ナス、ズッキーニ)、ナーセリー(街路樹栽培)


面積としては北海道の農家と同じような感覚だった。ある程度大きな面積があるので作物にかける手間は最小限に押さえ、付加価値の高いナスやズッキーニをオークランドの市場に出荷している。収穫・出荷の作業においても日本の農業と特に大きな違いはなかった。日本がまねすべきだと思ったのは、出荷の際段ボールを使用せず、プラスチック製のリターナブルコンテナ(クレートと呼ばれる)が使用されていることだ。ワンウェイの段ボールのほうが農家にとっては使い勝手がいいのだろうが、それでもクレートを使うこの国はさすが環境大国だと思った。水耕栽培のほうが環境にやさしいから水耕栽培を選択する人だってたくさんいる。それに比べて日本は自分の作った作物をいい状態で売ることしか考えていない。外品の基準についても、日本では絶対に外品になるようなものが普通にスーパーで出回っている。何も知らない消費者にすべてを握られているのが日本の農業の現状だと思う。
この農家は野菜農家であると同時に、道路の並木などを養殖するナーセリーにも力を入れている。今後はナーセリー中心に展開していくようだ。大型トラックを2台所有し、自分の製品のほか、地域の農家の農産物も積載し運送していた。また、帰り道にもオークランドで空のクレートや植物の苗などを積んで帰ってくるという、効率的な使い方をしていた。
朝7時半から17時くらいまでが定時だが、収穫期はたいてい残業があり、それは日本の農家でもおなじことだと思う。驚いたのは、収穫のピーク時でも毎週日曜日は定休日であること。日曜日は誰も働かず、作業場から音は聞こえない。日本では働けるときに働いて雨が降ったら休みだという感覚があるが、この国ではこのように定休日をとる農家が結構ある。あくまで自分たちの生活重視で、そのあたりにニュージーランドの国民性を感じた。日本人はもっと考えて働くべきだと思う。
オーナーのティムは高校在学中に自分で土地を借りて農業を始めた。最初はナーセリーの類のものをリヤカーに積んで町で売っていた。リヤカーがオート3輪車、2トントラック、大型トラックと変化していった。しかも約8年という短い間にそれだけの製品を作るだけの土地や資産を増やしてきた。彼は行動が大胆で、売れるとわかったら土地を借りて面積を増やして一気に稼ぐ。逆にもう売れないと感じたら土地を売って縮小する、そういうことを毎年行っている。何が売れるのか、どう売ったら売れるのか、そんなことを常に考えているから成長してこられたのだろう。彼はまだ20代。新規就農を目指す自分にとってはとても刺激を与えてくれた農家でした。
(4) 3月8日「ウィルコックス」
場所:オークランド近郊内容:大規模畑作(ジャガイモ、にんじん、たまねぎ)
規模:2000(ha)


ここで生産されるたまねぎ、じゃがいもなどは収穫と輸送の関係から、皮や実が硬いものが多いようで、調理にはコツがいるそうだ。また、ジャガイモは水で泥を落として出荷するらしい。
規模は大きいが、やっていることは日本の農家の延長であると感じた。日本であのようなタイプのジャガイモが売れるかどうかはわからないが、使っている機械や植わっている作物を見る限り、日本でもこの規模の企業ができてもおかしくないと思った。
4.日本との違い
この国には日本のように行間を読まないといけないような微妙なことはあまりなく、いろいろな意味ですっきりしている。オークランドの中心部でも7時には多くの店は閉まってしまう。コンビニエンスストアというものもほとんどなかった。夜と休日は家族との時間を大切にしたい、そういう国民性のようで、日本から見たらとても変な感じがするが、逆にこれが当たり前のことなのかもしれない。しかもそれが農業の世界でも通用することに驚いた。お店の店員の態度も、日本のマニュアル式がいかに異常な状況であるかがわかった。日本ではたいていの場合お客さんとの会話はすべてマニュアルどおり。会話といえないような会話だ。NZではまったく知らない人とでも世間話が始まる。働いている間も楽しんでいるかのようだった。逆に、マニュアルがない分、まったくしゃべらないでレジを打つだけの店員もいた。
ニュージーランドの人達は自然が大好きで、夏季は週末になると山、川、ビーチなどにいって遊ぶ。一軒の土地が大きい分庭も広く、見る限りすべての庭が植物で飾られていた。だから日本以上にガーデニング産業が発達しているようだった。これだけ自然を愛する国民性だからか、日本と比べて日本人の言う「遊ぶ場所」というものは少なく感じた。
5.研修の成果
今回の研修は技術の習得が目的ではなかったので、身に付いた技術などは特にない。2ヶ月という短い期間で3件の農家を回った。僕の見る限り、この国の農業に日本の農業と大きな差があるようには見えない。基本的には同じ条件でやっている。技術面でもそれほどの差はなさそうだ。日本と同じようにこの国でも個人農家は苦しんでいた。日本と同じだから新しいものが収穫できなかったというより、同じであることがわかって、日本の農業をより客観的に見ることができるようになったと思う。とくに閉鎖的な農村社会においては、常に新しい情報を手に入れ変えていく努力をしないと時代に取り残された産業になってしまう。まだまだ未知の可能性を秘めている産業だけにチャレンジする価値があると思った。ニュージーランドの農業を肌で感じることができただけでなく、いろいろな人と出会い、いろんな文化を知ることができたこと、これが一番の収穫である。日本にいると当たり前のことがグローバルスタンダードでは異常なこともよくある。自分の視野を常に広く持つことが大切だと思えるようになったこと、これが一番の成果でした。
