北海道農業担い手育成センター「北海道で農業をはじめるサイト」

農業を始める

就農アドバイザー

北海道農業担い手育成センターでは、北海道で新規就農を希望されている方や農業を始めようとして研修中の方、或いは、新規就農して間もない方からの「就農」や「農村での生活」、「就農後の営農」等に関してのご相談をお受けするため、14名のお方に「就農アドバイザー」を委嘱しています。
就農アドバイザーの皆さんは、農外から就農されて意欲的な経営をされおられる新規就農者の方や道外出身で結婚等により就農され地域活動等に積極的に関わっておられる女性の方、或いは、研修生を受入れて熱心に指導されておられる指導農業士の方々で、自らの体験に基づいたアドバイスをいたします。

相談にあたってのお願い
  • ●就農アドバイザーの皆さんは、それぞれの地域で営農されております。
    このため、相談時間は十分配慮してください。
  • ●相談の際は、住所、氏名、相談内容をはっきり告げてください。
  • ●下記以外の道内市町村への新規就農・農業体験の希望については、就農相談 にてご相談ください。直接訪問する場合には、事前に連絡を入れて就農アド バイザーの意向を確認してください。

相談にあたってのお願い

就農アドバイザー一覧


氏  名
住  所就農
市町村
就農年次経営形態出身地
佐々木 芳雄 雨竜郡雨竜町21区
TEL:0125-78-3938
FAX:0125-78-3938
雨竜町 昭和46年
(指導農業士)
稲作・野菜
畑作
雨竜町
土居 健一 雨竜郡北竜町西川31-3
TEL:0164-34-2618
FAX:0164-34-2618
北竜町 平成7年 野 菜 大阪府
海野 めぐみ 厚岸郡浜中町熊牛
TEL:0153-64-2906
FAX:0153-64-2906
浜中町 昭和62年 酪農 愛知県
直原 昌弘 余市郡余市町
E-mail:jikkyhokkaido@yahoo.co.jp
余市町 平成13年 果 樹 東京都
矢口 義道 野付郡別海町
E-mail:yagio-no-hige@jade.plala.or.jp
別海町 平成12年 酪 農 長野県
木村 秀喜 桧山郡厚沢部町字冨里19
TEL:0139-66-2864
FAX:0139-66-2864
厚沢部町 昭和50年
(指導農業士)
水稲、畑作
野菜、畜産
厚沢部町
小原 隆 旭川市東旭川日ノ出13-15
TEL:0166-36-7785
FAX:
旭川市 平成11年
(指導農業士)
施設野菜 大阪府
川上 憲司 沙流郡平取町字岩知志21-5
TEL:01457-3-3227
FAX:01457-3-3227
平取町 昭和49年
(指導農業士)
施設野菜 平取町
大久保 真由美 紋別郡遠軽町上白滝227
TEL:0158-48-2130
FAX:0158-48-2130
遠軽町 平成15年 畑作 神奈川県
押谷 行彦 夕張郡長沼町東3線北13番地
TEL:0123-89-2180
FAX:0123-89-2180
長沼町 平成13年 野菜・鉢花 兵庫県
宮下 裕美子 樺戸郡月形町市南1
TEL:0126-53-2611
FAX:0126-53-2611
月形町 平成8年 花卉 栃木県
小路 健男 勇払郡安平町追分旭834番地
TEL:0145-25-2524
FAX:0145-25-2524
安平町 平成3年 有機 茨城県
服部 修 中川郡美深町字大手158番地
TEL:01656-4-1402
FAX:01656-4-1402
美深町 昭和44年
(指導農業士)
酪農 美深町
吉川 友二 足寄郡足寄町茂喜登牛98-4
TEL:0156-26-2082
FAX:0156-26-2082
足寄町 平成13年 酪農 長野県
筒井 正道 枝幸郡枝幸町歌登上德志別4591番地6
TEL:0163-64-1531
FAX:0163-64-1531
枝幸町 平成20年 酪農 広島県
田頭 保 中川郡豊頃町湧洞744番地2
TEL:0155-75-2009
FAX:0155-75-2009
豊頃町 平成20年 酪農 埼玉県
(公財)北海道農業公社 担い手支援部
(北海道農業担い手育成センター)
060-0005 札幌市中央区北5条西6丁目1-23 北海道通信ビル6階
TEL:011-271-2255 FAX:011-271-3776
雨竜町

①佐々木 芳雄

ささき よしお

〒078-2635 雨竜郡雨竜町21区
TEL:0125-78-3938  FAX:0125-78-3938

  • 就農年次 昭和46年
  • 経営形態 稲作・野菜・畑作複合経営

まずは地域に溶け込むこと

地域の先輩、仲間に応援してもらえることが大切だと思います。

就農の動機
農業の将来性に期待。自分の力を出せる職業。
技術の習得
農業改良普及センターからの技術指導や農友会での勉強会、収量調査などにより、技術を身につけてきました。
経営の継承
元々農業後継者として就農し、昭和46年に親の経営を引き継ぎ、農業委員の時に離農跡地を購入して、規模拡大を図りました。
地域とのつながり
地区内の牧岡農友会に積極的に参画するとともに雨竜町ユートピア研究会の役員を歴任しています。
また、北海道指導農業士や農村むらづくり塾(平成13年に雨竜町における農地流動化などの将来的な問題について、学習・自由討議する場として役場が中心となって設立)で、担い手の育成に努めています。
営農の取り組み
・モットーは「ダイナミックな経営感覚と実践力」
・積極的な土つくり  堆肥版の設置(平成11年 自己資金/150坪)
・園芸作物を取り入れた複合経営
・自家労働の完全燃焼 作業分担により労働力を有効に活用
研修生の受入
本道、本州の修学旅行生や農業体験実習を希望する中学生、高校生を受け入れています。
また、韓国、中国からの研修生も受け入れています。
研修生から、2名が独立営農を果たしています。
苦労したこと
農地の条件が悪かったので、暑寒湖のダムに堆積したミネラル分、有機質の充分に入った土の客土や暗渠排水の整備など様々な土地改良により健全な稲作りに取り組みました。
・ダムの堆積土による客土
・暗渠排水整備
・堆肥づくり
良かったと感じたこと
自分なりに土地改良や地域との仲間づくりに努力した結果、後継者ができたことです。
そして、新規参入者を育てられたことです。
就農希望者へのアドバイス
まずは地域に溶け込むこと。(地域の先輩、仲間に応援してもらえることが大切だと思います。)技術習得をすることは、もちろん大事ですが、地域の人たちに応援していただくことも大切です。
北竜町

② 土居 健一

どい けんいち

〒078-2516 雨竜郡北竜町西川31-3
TEL:0164-34-2618  FAX:0164-34-2618

  • 就農年次 平成7年
  • 経営形態 野菜

豊かな大地、ここには夢と希望がある

就農の動機
20代は冷凍食品会社に勤め、30代は自営業をしていたが、40代からは全く違う分野にチャレンジしようと、いくつかの選択肢を考えました。
その中でとりわけ農業がこれから大きな変革期になるのではないか、こういうときこそ今までの経験が生かせ、チャンスもあるのではないかと思い就農を決意しました。
技術の習得
水田に関しては、平成5年から北竜町内の農業法人にて2年間の研修を受け、就農後に始めた野菜に関しては、地元で取り組んでいる農家がなかったので、農協や普及センターに相談しながら技術の習得に努めるとともに、インターネットでの情報収集、また町外でも先進的な農家があれば、訪問して勉強するようにしました。
就農4年目からは、野菜に取り組み、規模を拡大してきました、平成19年からは水田を全てやめて、野菜専業の経営に転換しています。
就農地の選定、農地の確保
農地保有合理化事業を利用して、北海道農業開発公社(現:北海道農業公社)から農地を借入し、平成12年に買い取りました。
資金の確保
就農に当たり使用した資金は、有限会社の資本金800万円と自己資金で、制度資金は、経営の運転資金として「近代化資金」をトラクターの取得に「スーパーL資金」を借り入れました。また、その後ハウスの取得に「農業改良資金」を借り入れました。

<就農にあたっての資金調達>
 ・自己資金    (800万円)
 ・農業近代化資金 (200万円)
 ・スーパーL資金 (400万円)
 ・農地改良資金  (250万円)
 ・農地取得資金  (3,600万円)
住宅の確保
就農は離農農家のあとに入ったため、その農家の住宅を使用しています。
研修中の2年間は、町営住宅に入居しました。
地域とのつながり
都会でしか暮らしたことがなかったので、就農前はうまく溶け込めるか心配でしたが、案外簡単に溶け込めました。また、地元の村おこしのグループに参加しているので、近所だけではなく町内全体に付き合いができ、その仲間がいろいろな面で応援してくれています。
苦労したこと
苦労を感じない性格なので、特にありませんでした。
就農当時は、技術的なものがまだついてきていなかったので、ハウス野菜(トマト)の収量に差が出てしまいました。
やっと軌道に乗り始めた矢先、平成16年9月の台風で作物が全滅。ハウスも一部倒壊し大被害を受けました。さすがに参りましたが、家族の支えや、取引先の応援などで何とか再開することができましたが、自然の恐ろしさを実感しました。
良かったと感じたこと
種から育てて何か月もかかってできた作物が、店頭に並んでいるのを見た時の満足感。
直売所で買っていってくれたお客さんが、「おいしかった」と、お便りをいただいたときの喜びは、今までの職業では感じられなかった充実感があります。
就農希望者へのアドバイス
情報は自分でつかむこと。できれば直接自分で市町村等の情報は得たほうが良いと思います。市町村によっては、就農支援策に関して差があるし、もっと大事なことは、自分がそこの町になじめるのか(うまくやっていけるのか)の情報を直接得てほしいと思います。 生活資金、経営の運転資金は、ある程度自己資金を確保しておいたほうが良いです。2~3年都会で働き、自己資金を貯めてから来ても遅くはありません。 自己の理想の経営を早く実現するためにも、足場を固めることは重要です。
浜中町

③ 海野 めぐみ

かいの めぐみ

〒089-0355 厚岸郡浜中町熊牛
TEL:0153-64-2906  FAX:0153-64-2906

  • 就農年次 昭和62年
  • 経営形態 酪農

どんなにつらいことも、
良い方に気持ちの切替えができることが大切です。

就農の動機、家族の理解
子供の頃から動物が好きで、北海道に憧れがありました。
大学も畜産大学に進み、いずれは牧場で働きたいと思っていました。
技術の習得
高校の夏休みに2年間酪農実習を行ったことと、畜産大学で就学したことです。
また、夫は滋賀県の農協に就職し、忠類村にある農協所有の育成牧場で和牛の繁殖業務に携わって家畜の飼養管理技術を習得し、さらに、その後、浜中農協の牧場における実習によって乳牛の飼養管理技術を習得しました。
就農地の選定、農地の確保
半年かけていろいろな農家を回って話を聞き情報を収集し、多大な債務を抱えても初心者として可能な農業は酪農だとの結論を出しました。
酪農をやるには、やはり広大な土地が必要ということで行き着いたのが道東の浜中町でした。
当時の酪農の主流はスタンチョン方式でしたが、新規就農者が既存の農業と同じスタートラインに着く有効な手段として、フリーストール方式という当時ではまだ珍しかったやり方に挑戦したかったので、就農後すぐに新築・改築できるよう老朽化の進んだ牛舎を選んでリース牧場制度を利用してスタートしました。
資金の確保
農業開発公社(現:農業公社)のリース農場事業を利用したため、5年後の買取り時に農地取得資金を借りました。
また、農場取得以降は、草地整備・乳牛購入・畜舎整備に制度資金(農業近代化資金、農業基盤強化資金、営農支援資金)を借り受けました。
・自己資金(500万円) ・農地取得資金(500万円)
住宅の確保
離農した方の住宅に、そのまま入居しました。
地域とのつながり
自分から進んでいろいろな行事や婦人活動に参加してきました。また夫も、小学校のPTA副会長を2期務め、中学校においてもPTA研修部員として浜中PTA連合会の各種行事に積極的に参加したり、学校教育においては地域の先生として酪農のことを児童生徒に教えたり、地元のスポーツ少年団では剣道を教えたりしています。おかげで、地域になじむことが早いうちにできました。
子供達も皆、地域の人たちに仲良くしてもらえました。
苦労したこと
子供が小さいうちの就農でしたので、農業仕事と子育ての両立がとても大変でした。
また公社営農場リース事業のリース期間中に牛舎を火災によって損失しましたが、火災時に周囲の方々に助けられたことにより、地域の仲間の重要性を再認識することができました。
他にも、たくさんありますが、今となっては全てが良い思い出になっております。
良かったと感じたこと
大自然の中で、毎日、充実した生活を送れることです。
就農希望者へのアドバイス
大変な仕事ですが、努力すれば結果が得られる仕事です。 なるべくたくさんの情報を集めることをおすすめします。
余市町

④ 直原 昌弘

じきはら まさひろ

余市郡余市町
  

  • 就農年次 平成13年
  • 経営形態 果樹

現代の先人になる意気込みで
夢を持って望んでください

農の動機、家族の理解
電機メーカーに就職し結婚、親になるという経験の中で価値観が変わっていき、工業化、至上主義的な現状に魅力を感じなくなっていた。というか、これでいいのかという思いが生まれてきた。そこで、起業するなら未来永劫確実に続く農業でと考えた。
果樹を選んだのは、労働集約的であることや初期投資が少なくて済む(比較的リスクが少ない)こと。また、就農を決める前に「余市町」との出会いがあり、そこから農業の可能性について調べ始めた結果、就農を決意した。
妻には結婚前から企業の意志を示していたので、「ついにこの時が来た」(妻談)という感じで了解してくれました。
技術の習得
一年半、既存の農家で研修を行った。教科書には載っていないことも含め、多くのことを学んだが、実際に営農するとまだ足りないものがあると感じた。
就農地の選定、農地の確保
就農する前に余市という土地を知り、気候の好さ、積丹の自然の恵みに感動し決定した。
農地の確保にあたっては、研修先の親方が同じ地域で離農する予定のある方の情報を集めて関係機関に打診してくれていた。条件の良い土地だったので、既存の農家と競合することになったが、研修中にお世話になった方々が関係機関に働きかけてくれて、その土地で就農することができた。
資金の確保
10年強の会社員時代の蓄えがあった。(住宅も社宅でした。)
住宅の確保
北海道に来る時のもうひとつの夢であった自宅のセルフビルド。就農してから3年間は工事現場などにあるスーパーハウスで親子4人で暮らしていたが、就農2年目からセルフビルドの自宅建設を始め、3年目の終わり頃にやっと入ることができ、ちょっとは精神的にも余裕のある暮らしができるようになった。
地域とのつながり
研修先と就農先が同じ地域であったため、比較的地域には早く馴染むことができた。
研修中から地域の草取りや会合等に出ていたこともあって、就農時にはどういう考えを持つ人間か、ある程度理解してくれていたのではないかと思う。
苦労したこと
希望の土地が競合したので、その間何度も関係機関に出向き説明する必要があった。ただ、研修先農家の尽力のおかげで、比較的楽に就農地を確保できたと思う。
良かったと感じたこと
農業という地に足の着いた職業が見直されつつあるということが若干だが感じられるようになったこと。30年以上東京に住んでいたので、自然環境(食べ物も含む)、教育環境、今のところほとんどの物が良かったと感じている。
就農希望者へのアドバイス
理想的には一般企業に就職し、最低5年はその中で一生懸命やった方がいいと思います。就農してしまうと比較的狭い世間の中で、また忙しさの中で、新しいことを学ぶのも難しくなってしまいますが、百姓という言葉通り、営農していくには技術だけではなく、経理、折衝術、雇い人や地域との人間関係、機械修理、様々なスキルが必要になってきます。また自己資金も必要になってくるので企業に就職して貯金することも長い目で見ると近道ではないかと思っています。 この半世紀の人間の生活の変化、環境の変化は有史の中でも稀な状況ではないかと思う。 企業優先、利益優先の社会は必ず見直される時期が来るでしょう。確実に未来永劫続く農業というのは、先の見えない現代では手応えのある、夢のある職業だと思います。現代の先人になるんだという意気込みで就農までの道のり、夢をもって望んで下さい。
別海町

⑤ 矢口 義道

やぐち よしみち

野付郡別海町
  

  • 就農年次 平成12年
  • 経営形態 酪農

憧れと現実は違うが 夢を持ち続けてほしい

就農の動機、家族の理解
自然が好きで、その中で仕事ができたらと、常日頃考えていて農業にたどり着いた。
動物を扱う方が良いと思ったのと、その時はあまり天候に左右されないのではないかと酪農を選択した。
技術の習得
就農希望者へのアドバイス
厚沢部町

⑥ 木村 秀喜

きむら ひでき

桧山郡厚沢部町字冨里19
TEL:0139-66-2864  FAX:0139-66-2864

  • 就農年次 昭和50年(指導農業士)
  • 経営形態 水稲、畑作、野菜、畜産

憧れと現実は違うが 夢を持ち続けてほしい

就農の動機、家族の理解
もともと農業が好きで、家業が農業なので就農することが当然だと思っていて、家族も5代目の就農を望んでいました。また、アメリカの農業に憧れていました。
技術の習得
農業改良普及センターからの技術指導と地域の先輩農業者からのアドバイス、また新聞や雑誌からの情報収集。
24歳のとき、半年間アメリカで農業実習などを体験、実践から学んだ技術が多いと思っています。
農地の確保
経営面積の拡大は、平成に入ってから何となく農地購入を相談され、数年にわたり、4件、計14haほどを半径1キロ以内に取得。
資金の確保
20代、30代は資金の償還が大変で、この経験から利率には敏感になり、できるだけ自己資金を使うようにしてきている。
地域とのつながり
地域の先輩にいろいろ教えてもらい、特に機械の修理や溶接の技術は営農をしていく上で一番大事になってきているので、地域の人に修理を頼まれることもあります。
苦労したこと
若いころには資金の償還に苦しみ、金利も高い時代で、最高10.33%の資金を借りていた今では考えられない時代がありました。
冬は山仕事、夏は時間ができれば砂利運びをするなど、とにかく一生懸命稼ぎました。
良かったと感じたこと
お金の苦労が若い時だったので、あまり苦労だと思わなかったこと。
28歳で結婚したが、相手(奥さん)が農業をまったく知らない人だったのが良かった。(不平、不満、ぼやきなどがなかったこと。)今ではその奥さんが営農の中心になってくれていて、パートさんを任せています。
農業について思うこと
農業は、短期的に考える事柄と、長期的に考え、準備したり投資したりすることを常に考えることが必要だと思っています。
農業もT社の「カイゼン」を見習い、常に楽すること、効率よくすることを考えながらやっていくことが大切。農業にも定年があり、次の時代にしっかりつないでいくことが大事だと思っています。
就農希望者へのアドバイス
実習、研修するときに、自分で畑を借りて、1年間を通して収支を記帳し体験してみる事が大事です。機械の修理、施設の建設・修理なども、できるだけ自前でやる能力を身につけること。それがコスト低減につながります。 農業経営は、柱になる作物を決めることが重要です。特に、道南地方では、なんでも作れる気候なので。
旭川市

⑦ 小原 隆

おはら たかし

〒078-8203 旭川市東旭川日ノ出13-15
TEL:0166-36-7785  

  • 就農年次 平成11年(指導農業士)
  • 経営形態 施設野菜

焦らず、無理せず、着実に道を拓くこと

就農の動機、家族の理解
北海道転勤がきっかけで、北海道の大自然に魅了され、自然にかかわる職に就くことを望むようになりました。
基本的に最初は家族の理解を得ることができなくて、私の独断先行でした。現在は、充分に理解を得られていると思います。
技術の習得
研修先が稲作中心の農家だったこともあり、野菜生産に関しては、失敗を繰り返しながらのほぼ独学での習得。
農地の確保
就農地に関しては、サラリーマン時代の最後の勤務地であった旭川を選びました。農地の確保には大変苦労しましたが、地元で理解者を得て、その方の紹介で希望通りの農地を確保することができました。
資金の確保
自己資金(農地取得)のほか、就農支援資金(研修資金、就農準備資金、就農施設等資金)を活用。
 ・就農支援資金     4,500千円
 ・就農準備資金     2,000千円
 ・就農施設等資金    2,730千円
 ・自己資金(農地取得) 18,000千円
住宅の確保
大阪の住宅を処分し、現就農地に建築しました。
地域とのつながり
農協の生産各部会、青年部のほか、地元商工会、消防団、PTAなど地域とのつながりには垣根をつくらず、積極的に参加し活動するように心がけてきました。
 ・グリーンツーリズム活動、旭川冬まつり、アイスフェスタなどへの参加
苦労したこと
農業という閉鎖的な産業、環境の中で、地元の理解を得、信頼を勝ち取るまでには時間がかかりました。また、農地を確保するには、地元の信頼が一番です。
就農後は、自分の技術の無さを痛感。気がつけば失敗の山。
10年経ってようやく形になってきました。
良かったと感じたこと
自然と家族と希望(目標)が常に近くにあること。都会の生活ではなかなか味わえない贅沢だと思います。
就農希望者へのアドバイス
焦らず、無理をせず、着実に道を開くこと。できるだけ早く地域に溶け込むことが大切です。農業を志した初心を忘れないこと。
平取町

⑧ 川上 憲司

かわかみ けんじ

〒055-0414 沙流郡平取町字岩知志21-5
TEL:01457-3-3227  FAX:01457-3-3227

  • 就農年次 昭和49年(指導農業士)
  • 経営形態 施設野菜

夢を夢で終わらせるな!先ず、門を叩け!

就農の動機、家族の理解
農家の長男として、何の迷いもなく就農しました。(実際には父親が10歳のときに他界し、中学の時には、学校の先生になりたい夢もありましたが、3人兄弟の男一人としては、自然とそうなりました。)
また高校卒業を前にし、この三年間本気で農業の勉強をしていなかったことに気づき、親に無理を言って、一年間札幌市羊ケ丘の農水省北海道農業試験場(現 独立行政法人北海道農業研究センター)で研修させていただきました。(稲第一研究室で、故柴田和博先生の元、北海230号、後のキタヒカリの育種に携わりました。)
この一年間の体験が、私の農業者としての生き方、考え方の基礎になっていると思います。
就農と地域活動
就農してから、自治会活動、農協青年婦人部活動、サークル活動など、コミュニティがしっかりした地域なので、楽しくやってこれました。
「ネオ・フロンティア」の立上げ
「地域が疲弊しないように盛り上げていこう」という意見をきっかけとして、就農希望者を受け入れていく中で、就農地の確保、栽培指導、生活面のホローアップ等、色々と問題点があることに気づき、平成22年に既存農家、新規就農者と共に、新規就農者受入協議会「ネオ・フロンティア」を立ち上げました。
このとき、新規就農者の受入体制のあり方等の情報を収集するため、美深町「R&Rおんねない」の服部さんを訪ね多くの話を伺いました。
その後、街に要望し研修農場(1,200坪のハウス)、研修者用住宅(2戸)もでき、協議会メンバー全員の連携協力により、とても素晴らしい受け入れ態勢が出来上がったと思っています。
「地域おこし協力隊」との連携
地区内の活動として、「地域おこし協力隊」と連携し「パソコンをうまく使うには」と、学習会を開いてきています。受講生は、高齢者が大半ですが、趣味の写真の幅を広げる人、フェイスブックへ参加する人、新しく部会活動のホームページを立ち上げる人など、先輩諸氏も頑張っています。
苦労したこと
稲作単作経営から、施設野菜に180度転換したので、経営を軌道に乗せるまでが大変でした。
トマトで行こうと決めてからは、普及センターや種苗会社の講習会等に積極的に参加し、後を振り返らないという意志で進んできました。
良かったと感じたこと
施設野菜(トマト)は、自分の努力がストレートに報われると感じたこと。子供たちに背中を見せることができる仕事であったこと。
就農希望者へのアドバイス
ロケーションを重視するよりも、就農者受入に理解のある指導・支援体制のしっかりした町村を選ぶことが、成功への近道だと考えます。 さらに、農地選定にあたっては、その地を「終の棲家」と考え、熟考し、土地もさることながら、地域性もよく理解した上で選んだ方が良いと思います。 『夢を夢で終わらせるな!先ず、門を叩け!』
遠軽町

⑨ 大久保 真由美

おおくぼ まゆみ

〒099-0127 紋別郡遠軽町上白滝227
TEL:0158-48-2130  FAX:0158-48-2130

  • 就農年次 平成15年
  • 経営形態 畑作

「郷に入れば郷に従え」
「損して得とれ」の精神忘れずに

就農の動機、家族の理解
「北海道に住みたい。」というのが一番の動機で、北海道らしい仕事をやりたいと思っていて、それが農業でした。特に農業に熱い思いがあったわけではありませんでしたが、求人雑誌で十勝の特集を見て、「北海道農業担い手育成センター」に相談したところ、独立するのなら法人よりも引き継ぎ物件で研修することを勧められました。
同センターが出していた「北海道で農業を始める完全マニュアル」は、主人の就農のためのバイブルでした。
農場の購入価格は四千万円。仮にマンションを同じ価格で買ったとしても、それは住むだけのもの。土地があることは、お金、新たなものを生み出すもとになるので価値があると思いました。
技術の習得
機械作業は、研修初年度から。また、やらなければ覚えられません。一緒に乗って2、3週まわると、次は自分でやれと言われ、ロータリーがけもハーベスタの作業もやりましたが、スムーズにやれるようになるには2、3年。畑の傾斜と形が作業の邪魔をしてくれました。
施肥や防除は、先代に教わったほか、近所の農家、普及センター、メーカーの人にも聞きながら。大切なことは、農作業のスケジュールをつくって進める(学ぶ)こと。
農地の確保
担い手センターの首都圏センタ-に相談に行ったとき、担当就農コーディネーターが先代と知り合いで、現在の経営継承物件の情報提供がありました。十勝へのあこがれもありましたが、タイミングと縁でしょうか。
購入価格については、当事者はもちろん、役場なども含め、双方の考えを納得いくまで話し合った上で決めました。
資金の確保
自己資金、就農支援資金を資材庫、ショベル購入、住宅に。
町から就農一時金、農協から助成金があり、施設・機械に農業公社の事業を活用し、農地は保有合理化事業で、購入時にスーパーL資金を借入。また、就農4、5年たって農機具ローンが発生しました。
研修期間中は、年間を通じて月15万円の給与があり、冬期間は諸説作業や機械整備の仕事もやりました。
住宅の確保
体験実習で主人が先に来ていて、近くのホテルの従業員宿舎を間借り。私が免許を取得してから二人で研修を開始。2年と半年は、町の公住から通い、その後先代の住宅に移りました。
地域とのつながり
JA白滝が合併する前、当時、当村には10戸の畑作農家がいて、JAの懇親会や技術研修の青空教室にも出席しながら、地域との交流を深めてきました。
また学校の行事には親も一緒なので、子供を通じて地域とのつながりができました。
苦労したこと
異文化の土地に入る、そのギャップ。「あたりまえ」に違いがあり、自ら溶け込んでいくことが大切。村の人口も減少していった頃で、「出面さん」の確保が大変で、ママ友で学校の先生に頼んだことも。
良かったと感じたこと
味噌づくりや手間のかかる作物。豚を飼育して肉を販売。その堆肥を畑に返す循環作業がおもしろい。白滝の馬鈴しょをブランド化しようと、地域の女性農業者仲間と「じゃがリンピック」を始めたこと。
現在、地元生協の産直コーナーで野菜を販売。生産物、加工品の評価を直にもらえること。秋はじゃがいも、冬は味噌、春はアスパラと直売コーナーを充実させていきたい。
エコファーマー、食育などからの広がりからも面白いことがあります。
就農希望者へのアドバイス
就農は、事業を起こすことと同じこと。借金をする勇気が大切だと思います。 「郷に入れば郷に従え」、「損して得とれ」の精神を忘れずに。
長沼町

⑩ 押谷 行彦

おしたに ゆきひこ

〒069-1317 夕張郡長沼町東3線北13番地
TEL:0123-89-2180  FAX:0123-89-2180

  • 就農年次 平成13年
  • 経営形態 野菜・鉢花

生産者ではなく、自立した経営者に!

就農の動機、家族の理解
阪神大震災で、食の大切さを実感した。最後は、現物経済に勝るものはないと、食に関わる仕事がしたくなり農業を志す。
学生時代にスポーツをしていたので、農業(仕事)は「数字と結果と実力」だというのが自分の性格に合っている。
家族の反対はありませんでした。
技術の習得
深川の拓殖短期大学、恵庭市の農業法人等で研修。
農地の確保
北海道の大消費地札幌から車で1時間前後で、かつ日本の大消費地、関西と関東に出荷するのにも、千歳空港まで40分ほどだという立地条件で選定。農地の確保は自信で探しました。
資金の確保
自己資金と就農支援資金・就農準備金。
住宅の確保
離農地の持ち主から。
地域とのつながり
地域の会合や祭典、役職や、スポーツの交流などには参加。
苦労したこと
何しろ、どこに行けば農地の情報があるのか、だれがOKすれば農地が手に入るのかなど、そのプロセスが全くマニュアル化されていなかったのが最大の苦労でした。
良かったと感じたこと
農繁期をきっちりと経営し、利益を確保しておけば冬季に長期間の休養が取れること。
街では持てない、大きなガーデンでくつろげること。
就農希望者へのアドバイス
自営業を開始するのは、決してやさしくはないと思いますが、センスと努力で可能性は未知数だと考えます。農的生活なのか、農業という経営を目指すのか。しっかり区別してスタートすべきだと考えます。 「生産者ではなく、自立した経営者」をめざしてください。
月形町

⑪ 宮下 裕美子

みやした ゆみこ

〒061-0512 樺戸郡月形町市南1
TEL:0126-53-2611  FAX:0126-53-2611

  • 就農年次 平成8年
  • 経営形態 花卉

「自分の農業」「自分のくらし」をめざすこと

就農の動機、家族の理解
夫は同じ大学の1年先輩で同業の団体職員。職場はともに茨城県内。将来構想として、夫は「何か自営がしたい」と考え、私は「一生、仕事をしていたい」「家庭と仕事を両立したい」と考えていました。
結婚2年目、都内で開催された全国新規就農相談センター主催の説明会に好奇心の延長で参加した時、非農家就農も可能だと知りました。農業は、今まで学んだことを実践できる場であり、お互いの将来構想にも叶う職業だと分かり、一気に期待が膨らみました。
その後、北海道担い手育成センターへ。道内でも特徴的な農業がおこなわれている自治体(6カ所)を紹介され、夏休みに各地を回り話を聞きました。
結果、初期投資、栽培の自由度、販路のことなどから判断して月形町の花き栽培で就農することに決めました。
技術の習得
月形町には新規就農者用の実習農場があり、住宅も併設。実習1年目、夫は町内花き農家でパートとして働きながら技術を学び、実習農場で実践。私は子育てをしながら実習農場の圃場管理で実地研修。この1年で花き栽培のイロハと月形町の気候を学びました。実習2年目は二人揃って実習農場での花き栽培。栽培品目も販売先も自由に選定できるので、栽培技術と共に経営感覚や労務管理なども学びました。
農地の確保
月形町には新規就農支援制度があり、私たちは制度利用第1号というハシリの時代。認知度も低く、農地の流動化も進んでいない時期でしたが、町が精力的に動いて農地の斡旋をしてくれました。農地は長年花き栽培をしてきた土地で、ハウスや資材も揃った状態。後継者のいない地主さんが居抜き(経営継承のような形)で譲ってくれることになり、農地の取得には、農地保有合理化促進事業を利用し、買取り時にはスーパーL資金を活用。
資金の確保
就農に当たり、基本的に中古資材を活用し、ほとんどの物を地主さんから買い取り初期投資額を抑えました。一方、選花場の建設や大型冷蔵庫の導入は必要不可欠と考え、思い切って投資。いずれも、経営開始時のみに利用できる無利子賃金(町と農協による新規就農者経営開始賃金)を満額活用しました。
自己資金(約1,500万円)は生活費とその後の資金不足の穴埋め用として、当面は手を付けないようにと考えました。自己賃金は重要です。これがあったことで私たちの考える挑戦的な営農をすることができ、途中で止めずに済みました。
住宅の確保
就農地に住宅は付いていなかったので、農地から約1km離れた場所にある空き家を賃貸。今もそこに住んで、圃場に通っています。
地域とのつながり
移住してすぐに、私はママさんバレーチームに入り仲間作り。そこから地域の様々なことを教えてもらったり、仕事や子育てを手伝ってもらったり。保護者会、PTA、町内会、まちづくりなど活動範囲も拡大。
暮らしや家庭につながることは、私が主体に。夫は受入農家(指導者)との関係を大事にし、その後は花き生産組合などの活動に。
苦労したこと
仕事も子育ても気候や土地柄も初めてで、最初は見通しが立たず心細く、また当時は3歳児以上の季節保育所しかなく、子どもを傍らに置いての農作業ははかどらず、常に焦りと不安がありました。
借入れ金の返済が始まると、売り上げを増やすための苦労があり、また自然災害にも遭いました。平成16年には台風でハウス5棟が倒壊、出荷間近の菊が全滅。平成23~24年の冬は、豪雪被害が甚大で、ハウス14棟全壊、2棟半壊(被害は全体の2/3)すぐに復旧できたのは一部で、多くは露地に転換。これを機にハウス栽培縮小や作目の大幅な見直しをし、状況にあわせた栽培に転換しています。
良かったと感じたこと
苦しかったこと辛かったことは沢山ありますが、就農したことを後悔したことはなく、就農して良かったと自信を持って言えます。というのも、月形町の花き栽培は、生産品目から販売先まで自分たちで決めることができる自由度の高い農業です。技術も経営も難しい部分はありますが、工夫の余地が多く、興味は尽きません。
また、農業=自営であり、最終決定権が自分たちにあることが気に入っています。良くも悪くも全ては自分次第。家族にとっても就農は良かったと感じます。辛い時も嬉しい時も、家族一緒。ともに乗り越えてきたことで、子ども達には自立心が育ちました。
就農希望者へのアドバイス
自分たちの強みと興味を経営に活かすことが大事だと思います。就農前の経験、培ったもの(好きこそものの上手なれ)は財産で、一歩抜き出た部分です。それらが農業や地域の中でいつしかつながり、思わぬ力を発揮してくれますよ。 農業にリスクはつきもの。いかに分散できるか、どう工夫するかが農業をけいぞくしていく鍵になると考えます。現実を直視し、発想を柔軟に、そして実行。 新規就農者にとって「成功」の形は人それぞれだと思います。他人の価値観に左右されることなく、「自分の農業」「自分の暮らし」を目指してほしいです。ただし、農業者として(どんな形であっても)継続できていることが最低条件。
安平町

⑫ 小路 健男

しょうじ たけお

〒059-1983 勇払郡安平町追分旭834番地
TEL:145-25-2524  FAX:0145-25-2524

  • 就農年次 平成3年
  • 経営形態 有機

自分のしたいことは、農的暮らしなのか
農業なのか、再度問え

就農の動機、家族の理解
公害、環境問題に関心があったことから、持続可能な社会を創る一役を担うには何ができるかを考えたこと。また、できるだけ自由で自立した暮らしを実現する方法を考えた結果、有機農業を経営の柱にしながら、心豊かな暮らしを実現するため。
技術の習得
茨城県にある有機農法の集団農場で、約3年研修兼スタッフとして技術の取得。自然養豚、平飼養鶏、田んぼ、畑を有機的に循環させる有畜複合の技術も経営方法も学ぶことができた。
農地の確保
札幌を消費地と定め、札幌市から50km圏内の市町村を対象に飛び込みで探した。
独身のよそ者であることを自覚し、綿密な事前調査と信用できる農地を紹介してもらう。中でも現在の就農地が、こちらの希望に一番条件が合い、役場の担当者が親切に対応してくれたことにより、借家、借地からスタートできた。
資金の確保
投資が少なくて始めることができる平飼い養鶏を経営の柱にしたので、自己資金200万程度でスタートできた。ただし、2年後に地主の都合で買い取りを迫られたので、親の資金を借りて購入した。
住宅の確保
就農時に農地と納屋と住宅はセットで探したので、その条件に合った物件を紹介してもらった。
地域とのつながり
役場、地域の人にお世話になり就農できるものであり、新規就農当初から地域の農事組合にはすぐに挨拶し加入させてもらった。「有機農業だから他とは違う」という意識は持たず、同じ農業者地域の一人としての意識でお付き合いをしてきている。
苦労したこと
特にないが、あえて挙げるとすればぎっくり腰で動けなくなり「健康があっての経営」だと確認した時。就農後は、技術的な未熟さで一部の品目が収穫できないケースがあったこと。
良かったと感じたこと
自分の好きなことができる幸せ、少しずつでも夢が実現する喜び、有機農業で経営できることを示すことができていること。子供たちに自分の背中で伝えられること。
就農希望者へのアドバイス
農業を生業に確認できたなら、自分がしたい農法や経営を実現している農家を探し、就農まで責任を持って受入れをしてくれるところで研修すべき。単なる労働者の感覚で研修を受け入れしているところもある。 夢と現実の折り合いをつけることも必要。シビアな経営感覚を磨くこと。公的な借金をするには、かなりハードルが高いので、できるだけ自己資本を持ってくる必要がある。
美深町

⑬ 服部 修

はっとり おさむ

〒098-2362 中川郡美深町字大手158番地
TEL:01656-4-1402  FAX:01656-4-1402

  • 就農年次 昭和44年(指導農業士)
  • 経営形態 酪農

日々、反省点を見つけ改善する。行動する。

就農の動機、家族の理解
小さい時より、牛の世話をするのが好きだった。将来は牛を飼いたいと思っていたが、私は五男であり、当時は長男が後継ぎする時代。兄も農業の大学を出て家に帰ってくる気持でいた様です。我が家は水田・畑作・酪農と多角経営をしていました。両親に私が酪農経営をしたいと説得し、名寄農業高校の酪農科に通わせてもらいました。両親に感謝で、期待を裏切れないと思いました。
技術の習得
農業高校時代の、酪農専業農家から来ていた後継者との交流が、今の自分の酪農経営の原点になっています。
技術の習得は、作業や牛の管理内容の毎日と記帳と、生産性や効率性を向上するよう、日々検討と実践を重ねてきました。
農地の確保
現在まで、チャンスがあれば農地価格にとらわれず購入してきました。(これまで21.6haを購入)自力で基盤整備や荒地・雑種地を草地に造成してきました。
資金の確保
牛舎や農地はJAより長期資金を借り入れ、機械等は耐用年数に合わせて5~6年の償還。JAやローンの組み立ての全ての借入金の償還は65才で終わるようにしています。
住宅の確保
就農した時は、大正時代に建てた住宅で内部を改装しながら住んでいました。
34才の時、両親や子供3人いたので、60坪と大きめの家を建てました。住宅公庫資金を借りましたが、10年償還で払いました。
地域とのつながり
地域の人達が集まり、懇談する場を定期的に開いています。
研修生や新規参入者も一緒になって、ほとんどの地域活動に参加しています。
地域の担い手を育成する活動母体である「R&Rおんねない」は、平成15年地域の酪農を新規就農者が「中継ぎ」(リレイ)し、新規就農者の夢を「実現」(リアライゼーション)するために、農場譲渡予定者と地域が一体となって支援することを目的に立ち上げ、活動を続けてきています。
苦労したこと
就農した当時は、一枚の畑が広くても1ha位だったのですが、機械が大型になるにつれて効率を良くするために、毎年の様に区画整備に追われたこと。今は一枚の畑が3~5haまでに整備が進んでいる。
良かったと感じたこと
地域に同年代の仲間がいて、切磋琢磨して経営をできたこと。
私は病気で10年入退院し、手術を3回しました。この間、家族が地域の人達の助けを受けながら、牧草作業を行ってもらい、営農を続けてくれたこと。
地域で、新規参入者を数多く受け入れしたこと。
就農希望者へのアドバイス
新規参入するには、高額な投資と、高度な技術と、きめ細かな管理が求められます。このことを、まずしっかり理解することが大事です。 指導者や地域の人達から、技術や知識・経験をできるだけ多く学び取ることを積極的に取り組めば、しっかりした経営者になれます。
足寄町

⑭ 吉川 友二

よしかわ ゆうじ

〒089-3737 足寄郡足寄町茂喜登牛98-4
TEL:0156-26-2082  FAX:0156-26-2082

  • 就農年次 平成13年
  • 経営形態 酪農

家族が幸せなら農業は成功します

就農の動機、家族の理解
東京オリンピックの年に生まれました。高度経済成長で水俣病などの公害、自然破壊を目のあたりに見聞きして、日本の社会はおかしいと、子ども心に感じていた。
自然の中で生活でき、自然を生かすことのできる農業をしたいと子供の頃から思っていました。
技術の習得
4年間夏は北海道の農場で働き、冬は資金を稼ぐために府県で出稼ぎをしました。旭川の斉藤晶さんと出会い、酪農の道へ進むことを選びました。
また、ニュージーランドで4年間、酪農場で働きました。
農地の確保
足寄町放牧研究会の会長の佐藤さんを訪ねて、農地を偶然に紹介されたこと。
中標津の酪農科の三友さんには、「農地は一生のものだから、自己表現をするのに一番良い所を選びなさい。」とアドバイスされました。
資金の確保
就農施設等資金を2,700万円借入、土地は農地保有合理化事業で借りる。
住宅の確保
元の農家が街へ移り、入れ替わりで入ることができた。
地域とのつながり
放牧研究会の仲間、同じ集落、開拓農協、町役場の方々に、牧場結婚式を挙げて祝っていただいた。現在は3代目の放牧研究会の会長を務めている。
苦労したこと
就農したばかりの2、3年は「火事場のバカ力」が出て、一日中働いていました。
良かったと感じたこと
自然の中での生活と仕事、子供ができたことなど、いろいろな気づきで自分が成長できたこと。
就農希望者へのアドバイス
家族が幸せなら農業は成功します。 仕事に追われる時もありますが、心の中だけは余裕をもって、事故を起こさないように。また、病気をしないようにしてください。 経営者は「雪が降っても自己責任」だそうです。何があっても自分の責任という心構えで、共に成長しましょう。日本一の経営者「斉藤一人さん」の本を読んでみてください。
枝幸町

⑮ 筒井 正道

つつい まさみち

〒098-5443 枝幸郡枝幸町歌登上德志別4591番地6
TEL:0163-64-1531  FAX:0163-64-1531

  • 就農年次 平成20年
  • 経営形態 酪農専業経営

必ず目標を持って一日一日を大切に!!

就農の動機、家族の理解
島根県の牧場で働いている時、放牧酪農に憧れて北海道に来ました。妻の奈美さんも同じ牧場で働いていたので自分が新規就農することには賛成でした。
就農までの道のり
北海道の三友さんのマイペース酪農に憧れ、大阪の秦。農業人フェアに参加し相談した。センターの紹介で道内10カ所を訪問。縁あって枝幸町で4年間研修(妻は同じ町内の別の農場で研修)した後、枝幸町(歌登町)で就農。
就農地の選定、農地の確保
JA歌登(当時)から空物件を紹介され、将来の放牧酪農の可能性にも適う条件だったので決めた。
資金の確保
自己資金500万円、公社リース事業、農機具ローン、就農準備金、研修資金の借入で賄った。
住宅の確保
JAから紹介された農場は設備も比較的新しく、住宅を含め一式を引き継ぐことが出来た。
地域とのつながり
就農時、自治会長はじめ周りの人がいい人でお世話になった。
苦労したこと
実習中は2年のつもりが就農先が決まらず就農までに4年かかったが、当時は先が見えず葛藤もあったが、結果的には経験を積んだことがよかったと思う。
良かったと感じたこと
周りの人がいい人ばかりで色々と助けてもらった。
就農希望者へのアドバイス
実習中は先がみえず辛いこともありますが、それを乗り越えて就農できたとき、営農にも役立ちます。必ず、目標を持って一日一日を過ごしてください。
豊頃町

⑯ 田頭 保

でんどう たもつ

〒089-5308
TEL:0155-75-2009  FAX:0155-75-2009

  • 就農年次 平成20年
  • 経営形態 酪農専業経営

自分の夢を持って人に伝えることで夢は叶う

就農の動機、家族の理解
埼玉県熊谷市生まれ。
大学時代は遺伝子DNAの研究(ミクロの世界)だったので、マクロの農業も知りたくて、卒業後、米国ウィスコンシン州の家族で経営している酪農家に実習に行った。綾子さんも別の農場で実習をした。
家族酪農に触れ、酪農をやろうと決意して帰国し、牧場勤務で就農した。
就農までの道のり
2か所の牧場勤務を経てから鹿追町でヘルパーをしていた時に、ヘルパー組合長からJA豊頃の募集を紹介してくれた。
「豊頃町で酪農しませんか。熱血新規就農者求む。」
10月にJA面接し、金はなかったが、やる気は認められた。
12月までに決断をせまられ決断した。
就農地の選定、農地の確保
豊頃町新規参入者第1号だったのでJAが中心となってフォローしてくれた。
資金の確保
施設の購入資金、保証協会の対応、牛の共済保険など全てJAが対応してくれた。
土地はJAから賃借し長期リース。
住宅の確保
平成10年、居ぬきで就農した。
地域とのつながり
JAが何かと面倒を見てくれた。
湧洞地区は人口は少ないが繋がりが強く助けられた。
苦労したこと
当初は未熟で、機械整備もよくできなかった。餌つくりが未熟で入寮が下がり、牛の病気も出て収入減となった。病気に気付かず、指導を受け止める技能がなかった。
子供が1歳で就農し2番目が7がつに出産したので大変だったが、やってみれば何とかなる。
良かったと感じたこと
就農時、JA担当者が大変良くサポートしてくれ、良い牛を残してくれたのでいいスタートが切れた。
地域の人が歓迎し、良くしてくれた。
就農希望者へのアドバイス
・自分の夢を持って周りにも発信しておくと、周りの人の情報力が助けてくれます。知ったかぶりせず謙虚に話を聞くこと。基礎知識がないと指導を受けても理解できないので基礎的な研修(知識)は必要です。農業は自己責任ですが、自由にできること、自然の中で生活できることは素晴らしいです。

TOPに戻る